読書の楽しみ

最近はあまり読まないようにしていますが。

言い訳でもなく、気に入った文章。

”本は、若い頃から好きで、夢中になって読んだ本もずい分多いが、

今日となっては、本ももう私を夢中にさせるわけにはいかなくなった。

新しい本を読み漁るということもなくなり、以前読んだものを、

漫然と読み返すということが多くなった。

しかしさういふ事になって、却って読書の楽しみといふものが、

はっきり自覚できるやうになったと思っている。

往年の烈しい知識欲や好奇心を想ひ描いてみると、

それは、自分と書物との間に介在した余計なもののように感じられる。

それが取り除かれて、書物との直かな、尋常で、自由な附合の道が開けたやうな

気がしている。

書物といふ伴侶。これが、以前はよく解らなかった。

私は、依然として、書物を自分流にしか読まないが、

その自分流に読むということが、相手の意外な返答を期待して、

書物に話しかける、といふ気味合のものになったのである。”


小林秀雄全集〈第13巻〉人間の建設